『言の葉の庭』あらすじとネタバレや評価と感想!

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デジタル時代の映像小説の旗手として期待される、新海誠監督のアニメ映画『言の葉の庭』のあらすじと感想についてご紹介します

【あらすじ】

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出典:http://www.kotonohanoniwa.jp/page/characters.html 

高校1年生になったタカオは、将来靴職人を目指している。梅雨が始まったある雨の日、タカオは午前の授業をさぼり、新宿にある公園に行き、園内の東屋(あづまや)で缶ビールを飲んでいるスーツ姿の女性を見かける。

 

タカオはどこかで会ったような気がしたので女性に尋ねてみると、「いいえ」の後、「会っているかも...」との返答。


それから、雨の午前中にその場所に行くと必ず彼女も来ていて、何回か会っている内に次第に打ちとけ、タカオは彼女の分の弁当を作っていくと、そのお返しに彼女から、高価な靴の専門書を贈られる。

梅雨が明け、雨も降らなくなり、彼女と会う機会もなくなったある日、タカオは学校の廊下で偶然彼女を見かける。タカオは友人から彼女が自分の学校の古文のユキノという教師であること。

 

女生徒の彼氏が一方的にユキノに惚れたことで生徒達から虐めにあっていたため、学校に来られなくなっていたことを知る。
タカオはその首謀者の女生徒に会いに行き、ユキノを侮辱した彼女を平手打ちするが、彼女の男友達から返り討ちにあう。

タカオはいつもの公園に向かい、そこにはユキノも来ていて再会するが、突然の大雨に見舞われるびしょ濡れになり、洋服を乾かすため、ユキノのマンションに向かい、タカオが食事を作ったりして、楽しい時間を過ごす。

 

タカオはユキノに「好きだ」と告白するが、ユキノは先生という立場から距離を置き、四国に帰るのだと告げる。自分の気持ちをはぐらかされたのだと感じたタカオは、帰っていく。


ユキノは暫く考え込んだ後、急いでタカオを追った。

 

階段の途中にまだタカオはいた。
タカオはユキノに自分の本音をぶつけ、ユキノもまた初めて自分の気持ちをぶつけた。
ユキノは四国に帰り、時々はがきが来る。タカオはユキノどうしているのかとふと思うのだった。


 

二人は歩く練習をしていたのだ。そして遠くまで歩けるようになったら、会いに行こう...

 

 

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出典:http://www.cinemacafe.net/article/2013/05/15/17017.html

感想(ネタバレを含む)

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出典:http://renote.jp/articles/1912

鮮烈な映像美

映画のイントロ部分は、混み合う電車、街の雑踏と騒音。

この街の映像も細密で手が込んでいて目を見張る。

そこからタカオが向かう雨の降る公園のたたずまいや、かすかに遠くで聞こえる鳥の鳴き声など静寂感が街の騒音と対比して何とも言えない感覚を覚える。

また雨や、水溜りの描写の透明感、清涼感また緑、青などの色使いや明暗人物の陰影にまで反映させた色彩の映像美は、アニメの限界を遥かに超え、実際に見るよりも美しいのではないかと思わせ、一気に見る人を引き込んでゆく。

散りばめられた伏線

タカオは最初にユキノに会った時、ユキノがビールを飲み、チョコレートを食べているのを、考えられない組み合わせだと感じ、不思議に思う。

映画を見ている人は後で分かるが、ユキノは味覚障害を患っており、ビールとチョコレートの味しか感じないのだと知る。

味覚障害は、ストレスが大きな原因の一つだと言われている。ユキノ自身が抱えるストレスとは何か? そして背後にあるものは何か? これが後のストーリ―へのさらなる伏線となる。

 

ここでもう一つの伏線

最初に会った日に、ユキノは別れ際に「鳴神の少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」という和歌を口にして去っていく。

これは万葉集の和歌で、 “雷が少し鳴り響き、雲が出て雨が降ってくれたら、帰ろうとするあなたを引き留めるられるのに” ― 恋に焦がれ、そして恋に少しだけ臆病な女性の心情を詠んだ恋歌。

雨の公園でタカオに会ったユキノは、雨の逢瀬に掛けてこの和歌を口ずさむが、なぜこの和歌を知っているのか、これも伏線の一つで、見ている人は後で“そうか”と言うことになる。

そしてもう一つの和歌。タカオが、自分が抱いていた多くの疑問が解け、状況を把握した後、ユキノに再会した時に、口ずさむ返歌。

「鳴神の少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留らむ 妹(いも)し留めば」
“雷が少し鳴っているね。

 

雨なんか降らなくても 私はここに居るよ 君が居て欲しいというのなら”
この和歌は万葉集にユキノが詠んだ和歌の次に、その返歌として載っている。

平安時代は、和歌が盛んな時代であり、恋の思いを和歌で告げられた際に、その思いに対して巧みな返歌を返すことが、その恋が成就するか、破局するかの大きな分かれ目となるので、高い和歌の素養と感性が求められた時代であった。

スマホとメールでやり取りする現代と比べ、何とも悠長で、時の流れがゆったりと流れる時代であったことか。

この二つの和歌と雨の逢瀬が、監督がこの映画の中心に据えたい、大きなテーマではないかと思われる。

 

まとめ

この映画の最後は、ハッピーエンドなのかそうでないのか、ネットでも話題になっていて、映画でも明確に触れられていないが、それはあまり拘らなくても良いのではと、見終わった後感じた。

誰もが人生を過ごしていく流れの中で遭遇する様々なできごとが、良い思い出、または苦い思い出など様々な思い出の一つとして、それぞれの心の残っていくことになる。

この映画はそんな人生の流れの中の一断片が切りとられて、ストーリーが語られ、映像化されたのだと思う。

今回は、新海誠監督の「言の葉の庭」について、紹介しました。是

非、鮮烈な映像美と斬新な物語を堪能してください。

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